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3月、4月が超多忙でだったので、ブログを更新することができなかった。
その間、大野病院事件は、検察の求刑が終わり、昨日、弁護側最終弁論が行われ、結審した。
大野病院事件は現在の医療水準に従った治療を行って、不幸にも予期せぬ結果となった場合、刑事責任が問われるのか、ということが争点になると思っている。
もし、加藤先生が有罪になれば、医療崩壊がさらに進んでしまうのではないか。リスクのある医療がを避けるようになるが、そもそもリスクのない医療というものが存在するのか。
今後の医療のあり方が問われる判決は8月20日に言い渡されるが、この裁判が日本の医療の墓標の一つにならないことを祈るばかりである。
福島民友 **************************
弁護側、無罪主張し結審/大野病院事件最終弁論
大熊町の県立大野病院で2004(平成16)年12月、帝王切開で出産した女性=当時(29)=が死亡した医療事件で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)=大熊町下野上=の第14回公判は16日、福島地裁(鈴木信行裁判長)で開かれた。弁護側はこの日の最終弁論であらためて全面的に無罪を主張、公判は約1年4カ月の審理の末に結審した。判決公判は8月20日午前10時から。検察側は、加藤被告に禁固1年、罰金10万円を求刑している。
弁護側は、検察側の立証の柱となっている「危険回避の措置を取らず、癒着部分のはく離を継続。医師として基本的な注意義務を怠った」との主張に対し「胎盤のはく離を完全に終わってから子宮摘出手術に移行するのがわが国の医療の臨床現場での標準」と反論。はく離に使ったクーパー(手術用はさみ)については「使用することに何ら問題はない」とした。医師法の届け出義務違反についても「被告人に異状死の認識がない」などとした。
これまでの公判では検察、弁護側双方の鑑定、証言が対立したが「胎盤病理や周産期病理を専門とした弁護側鑑定の信用性が高い」と主張した。
また、加藤被告の逮捕、起訴が「医療界に衝撃を与え、産科診療所の閉鎖は後を絶たず『お産難民』という言葉さえ生まれた」と非難した。
(2008年5月17日 福島民友ニュース)
毎日新聞 福島***********************
大野病院医療事故:公判結審(その1) 過失か、通常医療行為か /福島
◇「医療水準に即した措置」--最終弁論で無罪強調
県立大野病院で起きた医療事故を巡る公判は16日、弁護側が最終弁論し結審した。弁護側は加藤克彦被告(40)の処置を「わが国の臨床医学の医療水準に即したもの」と強調、改めて無罪を主張した。「過失」か「通常の医療行為」かを巡り検察側と弁護側は激しく対立しており、医療のあり方を問う注目の判決は、8月20日に言い渡される。【松本惇、今井美津子】
この日午前10時すぎに開廷し、約150ページに及ぶ最終弁論を7人の弁護人が交代で読み上げるのを、グレーのスーツ姿の加藤被告は書面に目を落とし、じっと聞いていた。
最大の争点である「胎盤はく離を中止し子宮摘出手術等に移行すべきだったか」について、医学書の記載を根拠とする検察側に対し、弁護側はいずれの医学書にも「(胎盤の)用手はく離(手によるはく離)開始後の中止については記載されていない」とし、「検察官が被告に結果回避義務を認めようとする意図は失敗に終わっている」と批判。その上で「用手はく離を開始した後は、出血していても胎盤はく離を完了させ、子宮の収縮と共に止血操作を行うのが、わが国の臨床医学の医療水準」と主張した。
途中休憩をはさみ、午後4時半すぎに最終弁論の朗読が終わると、加藤被告が証言席に座って意見陳述し、「もっといい方法はなかったのかとの思いにいつも考えがいきますが、どうしても思い浮かばずにいます。申し訳ありません」と改めて遺族に陳謝し、「真摯(しんし)な気持ち、態度で、医療の現場におりました。再び医師として働かせていただけるのであれば、地域医療の一端を担いたい」と医療現場への復帰の意思も語った。
公判後、主任弁護人の平岩敬一弁護士は「検察官は立証に失敗したと思っている。無罪しかありえない」と自信を見せた。一方、福島地検の村上満男・次席検事は「証拠に照らして裁判所の公正な判断を希望する」と話した。
◇産科医不足、年々深刻化--背景に医療事故リスク
全国的に産婦人科の医師不足が深刻化しており、過重労働に加え、医療事故のリスクも敬遠される要因となっている。大野病院の医療事故は医師不足の環境下で起こり、医師が刑事責任を問われたことで、産科離れに拍車をかけたとも指摘されている。
県医療看護課によると、県内でも産婦人科医の数は02年の167人から年々減り続け、06年は142人に。人口10万人当たりでは、02年の7・7人から06年は6・6人と落ち込み、全国平均7・5人も下回っている。
加藤被告の起訴直後から、大野病院の産婦人科は休診となった。今年2月末には、南会津病院(南会津町)が産婦人科医の退職に伴い分娩(ぶんべん)を取りやめ、4月以降は妊婦検診のみを継続。会津坂下町の民間病院「坂下厚生総合病院」も、常勤医の退職に伴い2月以降は分娩を休止した。
県は現在、県内勤務を希望する医師に無料で病院をあっせんしたり、県立医大の入学定員を増員するなど医師確保策を進めている。医療看護課は「命の誕生を助ける医師がいないのは深刻。産婦人科を重点に医師不足を解消したい」と話した。【西嶋正法】
==============
◆大野病院医療事故の経過◆
【04年】
12月17日 帝王切開の手術中に女性が死亡
【05年】
3月30日 県の事故調査委員会が報告書を公表
6月16日 県が加藤被告と病院長を懲戒処分
【06年】
2月18日 県警が加藤被告を逮捕
3月10日 福島地検が加藤被告を起訴
日本産科婦人科学会が声明
3月11日 大野病院の産婦人科が休診
7月21日 第1回公判前整理手続き
12月14日 公判前整理手続き終了
【07年】
1月26日 初公判で加藤被告が無罪主張
4月27日 第4回公判で病院長が証言
8月31日 第7回公判で初の被告人質問
【08年】
1月25日 第12回公判で遺族3人が意見陳述
3月21日 地検が禁固1年、罰金10万円を求刑
5月16日 弁護側が最終弁論
8月20日 判決言い渡し
(毎日新聞 福島 2008年5月17日 )
読売新聞 福島***********************
帝王切開で失血死、治療の事故の過失責任がどこまで
医療現場に危機感
福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開手術で女性(当時29歳)を失血死させたなどとして、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)(求刑・禁固1年、罰金10万円)の公判が16日、福島地裁で結審した。
医師が決めた治療方針の結果として起きた事故の過失責任がどこまで問われるのかを争点にした裁判は、8月20日に判決が言い渡される。
無罪を主張する加藤被告は「精いっぱいのことをしたが悪い結果になり、一医師として非常に悲しく悔しい思い。再び医師として働かせて頂けるのであれば、地域医療の一端を担いたい」と述べた。
弁護側は最終弁論で、加藤被告の起訴が医師の産科離れを加速させたとの指摘に触れ、「お産難民という言葉さえ生まれた実態が生じたのは、わが国の医療水準を超える注意義務を課したため」と批判した。
検察側の論告では、加藤被告は04年12月17日、妊娠37週の県内の女性に対する帝王切開手術で、子宮に癒着した女性の胎盤をはがして大量出血を引き起こして、約4時間後に失血死させたとされる。また、死体検案で異状を認めたにもかかわらず、24時間以内に警察に届け出なかったとして医師法違反にも問われた。子どもは無事生まれた。
公判で争点となったのは、子宮に癒着した胎盤をはがす際の出血が、死亡するほどのものかを予測できたかという予見可能性と、死に至るほどの大量出血を回避する注意義務。
検察側は「胎盤をはがすために子宮と胎盤の間に手を入れた時点では癒着を認識しており、子宮摘出手術などに移って生命の危険を避ける必要があった」と、予見可能性と注意義務がともにあったと主張した。
これに対し、弁護側は「手ではがし始めた際に癒着を認識することはあり得ない。はがし終えれば子宮が収縮して出血が収まることが期待でき、判断は妥当で標準的な医療」と反論。医師法違反について弁護側は、「院長の判断で届け出を行わなかった。異状死には当たらない」としている。
[解説]産科離れ事件後広がる
今回の弁護側の最終弁論は、5時間半にも及んだ。「捜査当局が、医師の裁量の範囲にまで踏み込んで罪を問おうとしている」という医療現場の危機感を受けたためだ。
お産で医師が逮捕された影響は大きい。大野病院は医師がいなくなり、産科を休止した。地元の病院や診療所は、難しいお産を避けるようになった。全国的にも、産科をやめて婦人科専門としたり、若い医師が産婦人科を希望しなくなったりしている。
今回の事件で医師が有罪となれば、さらにダメージは大きいだろう。大野病院と同地方の福島県いわき市立総合磐城共立病院産婦人科の本多つよし部長は「患者のための手術が犯罪になるのなら怖くてやってられない。有罪が決まったら病院を辞める」と言い切る。
ただ、女性の遺族は事件としての捜査を強く求めていた。「真実を知りたい」とも強く訴えている。
医療現場にはリスクがついて回る。国は、医療事故の原因を調べる第三者機関「医療安全調査委員会(仮称)」の設置を検討している。今回の事件でどういう司法判断が下るにせよ、患者と医師の双方が納得できる問題解決の枠組み作りが必要になっている。(福島支局 藤原健作)
(読売新聞 2008年5月17日 )
その間、大野病院事件は、検察の求刑が終わり、昨日、弁護側最終弁論が行われ、結審した。
大野病院事件は現在の医療水準に従った治療を行って、不幸にも予期せぬ結果となった場合、刑事責任が問われるのか、ということが争点になると思っている。
もし、加藤先生が有罪になれば、医療崩壊がさらに進んでしまうのではないか。リスクのある医療がを避けるようになるが、そもそもリスクのない医療というものが存在するのか。
今後の医療のあり方が問われる判決は8月20日に言い渡されるが、この裁判が日本の医療の墓標の一つにならないことを祈るばかりである。
福島民友 **************************
弁護側、無罪主張し結審/大野病院事件最終弁論
大熊町の県立大野病院で2004(平成16)年12月、帝王切開で出産した女性=当時(29)=が死亡した医療事件で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)=大熊町下野上=の第14回公判は16日、福島地裁(鈴木信行裁判長)で開かれた。弁護側はこの日の最終弁論であらためて全面的に無罪を主張、公判は約1年4カ月の審理の末に結審した。判決公判は8月20日午前10時から。検察側は、加藤被告に禁固1年、罰金10万円を求刑している。
弁護側は、検察側の立証の柱となっている「危険回避の措置を取らず、癒着部分のはく離を継続。医師として基本的な注意義務を怠った」との主張に対し「胎盤のはく離を完全に終わってから子宮摘出手術に移行するのがわが国の医療の臨床現場での標準」と反論。はく離に使ったクーパー(手術用はさみ)については「使用することに何ら問題はない」とした。医師法の届け出義務違反についても「被告人に異状死の認識がない」などとした。
これまでの公判では検察、弁護側双方の鑑定、証言が対立したが「胎盤病理や周産期病理を専門とした弁護側鑑定の信用性が高い」と主張した。
また、加藤被告の逮捕、起訴が「医療界に衝撃を与え、産科診療所の閉鎖は後を絶たず『お産難民』という言葉さえ生まれた」と非難した。
(2008年5月17日 福島民友ニュース)
毎日新聞 福島***********************
大野病院医療事故:公判結審(その1) 過失か、通常医療行為か /福島
◇「医療水準に即した措置」--最終弁論で無罪強調
県立大野病院で起きた医療事故を巡る公判は16日、弁護側が最終弁論し結審した。弁護側は加藤克彦被告(40)の処置を「わが国の臨床医学の医療水準に即したもの」と強調、改めて無罪を主張した。「過失」か「通常の医療行為」かを巡り検察側と弁護側は激しく対立しており、医療のあり方を問う注目の判決は、8月20日に言い渡される。【松本惇、今井美津子】
この日午前10時すぎに開廷し、約150ページに及ぶ最終弁論を7人の弁護人が交代で読み上げるのを、グレーのスーツ姿の加藤被告は書面に目を落とし、じっと聞いていた。
最大の争点である「胎盤はく離を中止し子宮摘出手術等に移行すべきだったか」について、医学書の記載を根拠とする検察側に対し、弁護側はいずれの医学書にも「(胎盤の)用手はく離(手によるはく離)開始後の中止については記載されていない」とし、「検察官が被告に結果回避義務を認めようとする意図は失敗に終わっている」と批判。その上で「用手はく離を開始した後は、出血していても胎盤はく離を完了させ、子宮の収縮と共に止血操作を行うのが、わが国の臨床医学の医療水準」と主張した。
途中休憩をはさみ、午後4時半すぎに最終弁論の朗読が終わると、加藤被告が証言席に座って意見陳述し、「もっといい方法はなかったのかとの思いにいつも考えがいきますが、どうしても思い浮かばずにいます。申し訳ありません」と改めて遺族に陳謝し、「真摯(しんし)な気持ち、態度で、医療の現場におりました。再び医師として働かせていただけるのであれば、地域医療の一端を担いたい」と医療現場への復帰の意思も語った。
公判後、主任弁護人の平岩敬一弁護士は「検察官は立証に失敗したと思っている。無罪しかありえない」と自信を見せた。一方、福島地検の村上満男・次席検事は「証拠に照らして裁判所の公正な判断を希望する」と話した。
◇産科医不足、年々深刻化--背景に医療事故リスク
全国的に産婦人科の医師不足が深刻化しており、過重労働に加え、医療事故のリスクも敬遠される要因となっている。大野病院の医療事故は医師不足の環境下で起こり、医師が刑事責任を問われたことで、産科離れに拍車をかけたとも指摘されている。
県医療看護課によると、県内でも産婦人科医の数は02年の167人から年々減り続け、06年は142人に。人口10万人当たりでは、02年の7・7人から06年は6・6人と落ち込み、全国平均7・5人も下回っている。
加藤被告の起訴直後から、大野病院の産婦人科は休診となった。今年2月末には、南会津病院(南会津町)が産婦人科医の退職に伴い分娩(ぶんべん)を取りやめ、4月以降は妊婦検診のみを継続。会津坂下町の民間病院「坂下厚生総合病院」も、常勤医の退職に伴い2月以降は分娩を休止した。
県は現在、県内勤務を希望する医師に無料で病院をあっせんしたり、県立医大の入学定員を増員するなど医師確保策を進めている。医療看護課は「命の誕生を助ける医師がいないのは深刻。産婦人科を重点に医師不足を解消したい」と話した。【西嶋正法】
==============
◆大野病院医療事故の経過◆
【04年】
12月17日 帝王切開の手術中に女性が死亡
【05年】
3月30日 県の事故調査委員会が報告書を公表
6月16日 県が加藤被告と病院長を懲戒処分
【06年】
2月18日 県警が加藤被告を逮捕
3月10日 福島地検が加藤被告を起訴
日本産科婦人科学会が声明
3月11日 大野病院の産婦人科が休診
7月21日 第1回公判前整理手続き
12月14日 公判前整理手続き終了
【07年】
1月26日 初公判で加藤被告が無罪主張
4月27日 第4回公判で病院長が証言
8月31日 第7回公判で初の被告人質問
【08年】
1月25日 第12回公判で遺族3人が意見陳述
3月21日 地検が禁固1年、罰金10万円を求刑
5月16日 弁護側が最終弁論
8月20日 判決言い渡し
(毎日新聞 福島 2008年5月17日 )
読売新聞 福島***********************
帝王切開で失血死、治療の事故の過失責任がどこまで
医療現場に危機感
福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開手術で女性(当時29歳)を失血死させたなどとして、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)(求刑・禁固1年、罰金10万円)の公判が16日、福島地裁で結審した。
医師が決めた治療方針の結果として起きた事故の過失責任がどこまで問われるのかを争点にした裁判は、8月20日に判決が言い渡される。
無罪を主張する加藤被告は「精いっぱいのことをしたが悪い結果になり、一医師として非常に悲しく悔しい思い。再び医師として働かせて頂けるのであれば、地域医療の一端を担いたい」と述べた。
弁護側は最終弁論で、加藤被告の起訴が医師の産科離れを加速させたとの指摘に触れ、「お産難民という言葉さえ生まれた実態が生じたのは、わが国の医療水準を超える注意義務を課したため」と批判した。
検察側の論告では、加藤被告は04年12月17日、妊娠37週の県内の女性に対する帝王切開手術で、子宮に癒着した女性の胎盤をはがして大量出血を引き起こして、約4時間後に失血死させたとされる。また、死体検案で異状を認めたにもかかわらず、24時間以内に警察に届け出なかったとして医師法違反にも問われた。子どもは無事生まれた。
公判で争点となったのは、子宮に癒着した胎盤をはがす際の出血が、死亡するほどのものかを予測できたかという予見可能性と、死に至るほどの大量出血を回避する注意義務。
検察側は「胎盤をはがすために子宮と胎盤の間に手を入れた時点では癒着を認識しており、子宮摘出手術などに移って生命の危険を避ける必要があった」と、予見可能性と注意義務がともにあったと主張した。
これに対し、弁護側は「手ではがし始めた際に癒着を認識することはあり得ない。はがし終えれば子宮が収縮して出血が収まることが期待でき、判断は妥当で標準的な医療」と反論。医師法違反について弁護側は、「院長の判断で届け出を行わなかった。異状死には当たらない」としている。
[解説]産科離れ事件後広がる
今回の弁護側の最終弁論は、5時間半にも及んだ。「捜査当局が、医師の裁量の範囲にまで踏み込んで罪を問おうとしている」という医療現場の危機感を受けたためだ。
お産で医師が逮捕された影響は大きい。大野病院は医師がいなくなり、産科を休止した。地元の病院や診療所は、難しいお産を避けるようになった。全国的にも、産科をやめて婦人科専門としたり、若い医師が産婦人科を希望しなくなったりしている。
今回の事件で医師が有罪となれば、さらにダメージは大きいだろう。大野病院と同地方の福島県いわき市立総合磐城共立病院産婦人科の本多つよし部長は「患者のための手術が犯罪になるのなら怖くてやってられない。有罪が決まったら病院を辞める」と言い切る。
ただ、女性の遺族は事件としての捜査を強く求めていた。「真実を知りたい」とも強く訴えている。
医療現場にはリスクがついて回る。国は、医療事故の原因を調べる第三者機関「医療安全調査委員会(仮称)」の設置を検討している。今回の事件でどういう司法判断が下るにせよ、患者と医師の双方が納得できる問題解決の枠組み作りが必要になっている。(福島支局 藤原健作)
(読売新聞 2008年5月17日 )
福島県立医大で行われている「家庭医」養成の取り組みが、河北新報で紹介されている。
「家庭医」とは内科、外科などの専門領域とはではなく、体の問題、心の問題に対して患者さんの気持ちに配慮しながら適切な治療法・アドバイスを提供し、患者の家族・地域の健康のためのアドバイスや、予防医療・知識なども提供できる専門医のことで、このような研修コースがあるのは全国で福島県立医大だけだということである。
この研修を行っている福島県立医大地域家庭医療部のホームページはこちら。
河北新報 *************************
地域に密着し、患者の既往症や家庭環境なども把握した上で幅広い診療を担う「家庭医」の養成が福島県立医大(福島市)で3年目を迎えた。開始した2006年度、わずか1人だった家庭医を目指す研修医は14人に増え、県内各地の病院で研修を続ける。海外では初期診療を担う役割が確立している家庭医だが、臓器別の専門医が主流の日本では認知度も低い。関係者は「1人でも多くの医師が家庭医として地域に根付いてほしい」と期待する。
現在の医師養成制度では医師免許取得後に2年間の初期研修、3―4年間の後期研修を受ける。後期では外科や内科など自分が志望する専門領域が対象となり、家庭医の研修プログラムがあるのは全国の大学では県立医大だけだ。
初年度に1人だった研修医は、2年目が7人、本年度は6人。出身大学も全国に広がる。山形大医学部を卒業し仙台市内の病院での初期研修を経て研修医となった斎藤典子さん(26)は「地域で働く医師を目指してきた自分にとって家庭医はぴったりのイメージ」と話す。
研修医は県内各地の病院で臨床に携わりながら研修する。県立医大の指導医が毎週、研修先の病院を訪問する仕組みだ。昨年度は十病院が研修医を受け入れた。初期研修を終えた研修医は当直や救急診療も行えるため、医師不足に悩む病院にとって貴重な戦力になる利点もある。
福島県伊達市の保原中央クリニックは6月をめどに「家庭医療学センター診療所」を新設し、研修医2人を受け入れる。担当者は「家庭医の理念に共感して設置を決めた。医師と患者がじっくりと話し合えるようにフロアの改装工事を進めている」と説明する。
課題は、育てた家庭医が福島に根付いてくれるかどうか。研修医14人のうち県立医大出身は4人だけで、他大出身者が将来県内に残ってくれるかは不透明。
県立医大地域家庭医療部長の葛西龍樹教授は「家庭医には幅広い科目の知識だけでなく、地域に溶け込み患者や家族と付き合うことが求められる。認知度はまだまだだが、福島から全国に広まっていけばいい」と将来を見据え、今後10年で県内の家庭医を100人に増やす計画だ。
(河北新報2008年05月12日)
「家庭医」とは内科、外科などの専門領域とはではなく、体の問題、心の問題に対して患者さんの気持ちに配慮しながら適切な治療法・アドバイスを提供し、患者の家族・地域の健康のためのアドバイスや、予防医療・知識なども提供できる専門医のことで、このような研修コースがあるのは全国で福島県立医大だけだということである。
この研修を行っている福島県立医大地域家庭医療部のホームページはこちら。
河北新報 *************************
地域に密着し、患者の既往症や家庭環境なども把握した上で幅広い診療を担う「家庭医」の養成が福島県立医大(福島市)で3年目を迎えた。開始した2006年度、わずか1人だった家庭医を目指す研修医は14人に増え、県内各地の病院で研修を続ける。海外では初期診療を担う役割が確立している家庭医だが、臓器別の専門医が主流の日本では認知度も低い。関係者は「1人でも多くの医師が家庭医として地域に根付いてほしい」と期待する。
現在の医師養成制度では医師免許取得後に2年間の初期研修、3―4年間の後期研修を受ける。後期では外科や内科など自分が志望する専門領域が対象となり、家庭医の研修プログラムがあるのは全国の大学では県立医大だけだ。
初年度に1人だった研修医は、2年目が7人、本年度は6人。出身大学も全国に広がる。山形大医学部を卒業し仙台市内の病院での初期研修を経て研修医となった斎藤典子さん(26)は「地域で働く医師を目指してきた自分にとって家庭医はぴったりのイメージ」と話す。
研修医は県内各地の病院で臨床に携わりながら研修する。県立医大の指導医が毎週、研修先の病院を訪問する仕組みだ。昨年度は十病院が研修医を受け入れた。初期研修を終えた研修医は当直や救急診療も行えるため、医師不足に悩む病院にとって貴重な戦力になる利点もある。
福島県伊達市の保原中央クリニックは6月をめどに「家庭医療学センター診療所」を新設し、研修医2人を受け入れる。担当者は「家庭医の理念に共感して設置を決めた。医師と患者がじっくりと話し合えるようにフロアの改装工事を進めている」と説明する。
課題は、育てた家庭医が福島に根付いてくれるかどうか。研修医14人のうち県立医大出身は4人だけで、他大出身者が将来県内に残ってくれるかは不透明。
県立医大地域家庭医療部長の葛西龍樹教授は「家庭医には幅広い科目の知識だけでなく、地域に溶け込み患者や家族と付き合うことが求められる。認知度はまだまだだが、福島から全国に広まっていけばいい」と将来を見据え、今後10年で県内の家庭医を100人に増やす計画だ。
(河北新報2008年05月12日)
医師不足対策として、福島県立医大から県内の公的病院に派遣する医師33名の派遣先が決まったことを、福島民友と毎日新聞が報じている。
派遣医師は福島県立医大の教員となり、各公的病院に原則月6日勤務する。
*************************
医師33人の派遣先決定 会津に1人増員
医師不足対策として県内の公的病院へ医師を派遣している県は25日、県庁で医師派遣調整会議を開き、福島医大の医師(助手・助教)33人の新年度の派遣先の13病院を決めた。派遣医師の総数に変更はなく、相双の内科医1人を会津に配置換えした以外には、本年度と派遣先もほぼ同じ。派遣医師は4月から1年間、非常勤医師として原則月6日、各病院で勤務する。
派遣病院は、県内の公的病院30病院のうち、医師派遣の要請があった病院の中から選ぶ。県が1月末から2月上旬にかけて意向調査したところ、27病院から165人(昨年度は26病院、159人)の派遣要望があった。
要望の地域別の内訳は、相双が最多の57人で、県北30人、県中29人、いわき25人、県南19人、会津5人と続き、相双地区の病院からの要請が目立った。診療科別では内科が最多の59人で、外科21人、整形外科18人、小児科15人、産婦人科10人と続いた。
(2008年2月26日 福島民友ニュース)
http://www.minyu-net.com/news/news/0226/news10.html
県立医大:13公的病院に医師33人を派遣--08年度 /福島
県の「医師派遣調整会議」が25日開かれ、県立医大から08年度、13公的病院に医師33人を派遣することを決めた。受け入れ病院側は計165人を要望していたが、派遣医師数は今年度と同数で、充足率は20%にとどまった。
医師不足を解消するため、県立医大から毎年度、医師を派遣している。会議では、地域間のバランスを考慮し、来年度は南相馬市立総合病院の内科医を1減の2人とし、派遣人数の少ない会津地方の県立喜多方病院に、初めて内科医1人を派遣することを決めた。
県医療看護グループは「各病院で医師不足が深刻化しているが、この数字(33人)が限度」と話した。【西嶋正法】
(2008年2月26日毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20080226ddlk07040595000c.html
派遣医師は福島県立医大の教員となり、各公的病院に原則月6日勤務する。
*************************
医師33人の派遣先決定 会津に1人増員
医師不足対策として県内の公的病院へ医師を派遣している県は25日、県庁で医師派遣調整会議を開き、福島医大の医師(助手・助教)33人の新年度の派遣先の13病院を決めた。派遣医師の総数に変更はなく、相双の内科医1人を会津に配置換えした以外には、本年度と派遣先もほぼ同じ。派遣医師は4月から1年間、非常勤医師として原則月6日、各病院で勤務する。
派遣病院は、県内の公的病院30病院のうち、医師派遣の要請があった病院の中から選ぶ。県が1月末から2月上旬にかけて意向調査したところ、27病院から165人(昨年度は26病院、159人)の派遣要望があった。
要望の地域別の内訳は、相双が最多の57人で、県北30人、県中29人、いわき25人、県南19人、会津5人と続き、相双地区の病院からの要請が目立った。診療科別では内科が最多の59人で、外科21人、整形外科18人、小児科15人、産婦人科10人と続いた。
(2008年2月26日 福島民友ニュース)
http://www.minyu-net.com/news/news/0226/news10.html
県立医大:13公的病院に医師33人を派遣--08年度 /福島
県の「医師派遣調整会議」が25日開かれ、県立医大から08年度、13公的病院に医師33人を派遣することを決めた。受け入れ病院側は計165人を要望していたが、派遣医師数は今年度と同数で、充足率は20%にとどまった。
医師不足を解消するため、県立医大から毎年度、医師を派遣している。会議では、地域間のバランスを考慮し、来年度は南相馬市立総合病院の内科医を1減の2人とし、派遣人数の少ない会津地方の県立喜多方病院に、初めて内科医1人を派遣することを決めた。
県医療看護グループは「各病院で医師不足が深刻化しているが、この数字(33人)が限度」と話した。【西嶋正法】
(2008年2月26日毎日新聞)
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20080226ddlk07040595000c.html
朝日新聞にいわき市立病院事業管理者鈴木孝雄氏のインタビューが載っていた。
公立病院はどこも厳しい状況にある。
いわき地域では救急搬送問題が報道されており、その中心となる市立病院の動向が注目されている。
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いわき市の病院事業管理者 鈴木 孝雄さん
いわき市は昨年4月から、市立病院事業に地方公営企業法の全部適用を行った。経営や人事などの最高責任者にあたる病院事業管理者を新たに置き、市立総合磐城共立病院を中核に同常磐病院を分院とする市病院局を発足させた。しかし、病院経営は依然厳しい状況であるのに加え、同市では勤務医不足も顕著で、救急医療の危機も叫ばれる。昨春、病院事業管理者に就任した鈴木孝雄さん(64)に、病院改革への思いや今後の戦略を聞いた。(聞き手・松本英仁)
――就任から間もなく1年になります。
「市長から昨春、『改革のために思い切って仕事をしてください』と励まされた。2病院で職員1200人、ベッド千床。大型船のようにかじを切ってもすぐ方向が変わるわけではない。でも少しの工夫や改善がきく仕事が多く、患者の反応がすぐさま跳ね返り、見える部分は多い。そんな反応を楽しみながら、あっという間でしたね」
――どんな改革や改善策ですか。
「できるところからやろう、が第一歩でした。サービス向上策では従来、朝8時半からだった採血業務を40分前倒ししました。診察室に入ると採血結果が出ていて、患者側の待ち時間は減りました。また夜中は不在で、残業や緊急呼び出しで対応していた薬剤師を近く、24時間体制にします」
――今年度の収支見通しはいかがですか。
「共立病院だけなら、昨年度と比べて増収ですが、病院局全体では赤字だと思う。電算化や団塊世代の退職者の増加など経費増大が原因です。赤字は職員のやる気をなえさせ、組織や患者たちへの影響も計り知れない。病院自体が安定経営を続けないと、いい医療の継続的な提供はできない。公立病院、不採算部門だから(赤字でも)いいという時代ではありません」
――赤字体質からの脱却に大切なことは。
「職員一人ひとりの意識改革でしょう。自分たちの病院、職場だという意識。それには徹底した情報公開と共通認識の共有が大きな柱です。職員にも変化が見られます。昨秋、初めて職員提案制度を導入しました。事務効率化や患者サービスの向上、増収増益策など400件近くが出て驚きました。最優秀は、2病院の薬剤購入を統一、発注方法などを変えて価格を抑えようというものです」
「昨年6月から医師や職員向けに手製の院内情報紙を発行しています。すでに65号を数え、月ごとの経営速報から院内行事の案内、寄付の使い道の募集、防犯情報まで直接関係のない部署でも共通認識に立ち、情報を共有しようとの試みです」
――管理者を置いた効果は。
「従来は、予算や人事の決裁権を市当局が握り、小回りがききにくい状態でした。私がフレキシブルに動き、すぐ実行できるようになったと感じます。野放図は論外ですが、そういう(市の一般会計とは別の)企業会計のだいご味や面白さを医師や職員にも感じてほしい」
――事務職出身の管理者として苦労はありませんか。
「全国の病院事業管理者のうち7割が医師、事務職出身は3割だそうです。市立病院は市当局、議会との交渉が多くなりがちで、医師の多くはそうした分野が不得意です。私がコーディネーターに徹し、院長や医師は医業に専念するなど互いの得意分野を持ち寄ればいいのです」
――いわき市では勤務医不足が叫ばれています。医師確保に向けて何か方策は。
「専門医を求める市民ニーズを背景に、診療科は細分化しています。現状では、医師に『もっと働け』とは言えません。私見ですが、各診療科の専門医が毎年、一定数生まれるような緩やかな統制的な仕組みを国がつくれないかと考えます。私たちとしては、今在籍する医師が辞めない、辞めさせない方法を考えるのが精いっぱいです」
「患者も大切ですが、働いている人たちの健康も大事。医師に辞められたら補充がきかない。今年1月から、臨時職員4人を医療クラーク(事務員)として雇いました。統計データの整理など医師でなくてもできる仕事を担い、医師の負担軽減が狙いです。好評のため、4月以降、増員する予定です」
――今春には、市の採用規定の枠組みを超えて、病院局独自に民間病院経験者2人を職員に採用しますね。
「事務職員が3年前後で交代する現体制では、専門性を持った職員は育ちにくい。しかも私を含め、院内で唯一、国家資格を持たない事務職が、予算や人事の実権を握っている。民間病院の経営や医療事務の手法、知識を分け与えてほしいのです。公立病院に民間の風を吹かせ、指導的な立場で病院全体を検証、監視するよう期待します」
――浜通り地区唯一の第三次救急医療を担う重要な立場もある半面、財政健全化法に
より財務体質の強化も急務です。来年度以降の戦略は。
「ギリギリの態勢で頑張っている医師や看護師、職員には感謝しています。将来は、より勤務の実態に見合った給与や手当などに見直したい。救急や大病の際にきちんと診療してもらえる体制を敷いてほしいというのが、市立病院に対する多くの市民感情だと思う」
「ただ、どれくらいの需要があるか分からない一部の高度医療のために、高価な機械や施設を整備し、スタッフを常駐させるのがいいのか。あるいは県立医大などと連携して、一定以上の医療は任せるのか。市立病院としてどこまでやるべきか、住民要望とのマッチングは大変難しい。公共性と収益性の均衡と並んで、永遠の課題です」
すずき・たかお:いわき市出身。磐城高、日本大法学部卒。1969年に県職員になり、税務課長、生活環境部次長、「ビッグパレットふくしま」館長、県立医大事務局長などを務めた。03年4月~昨年3月、県住宅供給公社理事長。昨年4月に「いわき市病院事業管理者」に就任。県内の市町村立の病院に管理者を置いたのは同市が初めて。任期は11年3月まで。同市平で単身赴任。
http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000120802250001
公立病院はどこも厳しい状況にある。
いわき地域では救急搬送問題が報道されており、その中心となる市立病院の動向が注目されている。
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いわき市の病院事業管理者 鈴木 孝雄さん
いわき市は昨年4月から、市立病院事業に地方公営企業法の全部適用を行った。経営や人事などの最高責任者にあたる病院事業管理者を新たに置き、市立総合磐城共立病院を中核に同常磐病院を分院とする市病院局を発足させた。しかし、病院経営は依然厳しい状況であるのに加え、同市では勤務医不足も顕著で、救急医療の危機も叫ばれる。昨春、病院事業管理者に就任した鈴木孝雄さん(64)に、病院改革への思いや今後の戦略を聞いた。(聞き手・松本英仁)
――就任から間もなく1年になります。
「市長から昨春、『改革のために思い切って仕事をしてください』と励まされた。2病院で職員1200人、ベッド千床。大型船のようにかじを切ってもすぐ方向が変わるわけではない。でも少しの工夫や改善がきく仕事が多く、患者の反応がすぐさま跳ね返り、見える部分は多い。そんな反応を楽しみながら、あっという間でしたね」
――どんな改革や改善策ですか。
「できるところからやろう、が第一歩でした。サービス向上策では従来、朝8時半からだった採血業務を40分前倒ししました。診察室に入ると採血結果が出ていて、患者側の待ち時間は減りました。また夜中は不在で、残業や緊急呼び出しで対応していた薬剤師を近く、24時間体制にします」
――今年度の収支見通しはいかがですか。
「共立病院だけなら、昨年度と比べて増収ですが、病院局全体では赤字だと思う。電算化や団塊世代の退職者の増加など経費増大が原因です。赤字は職員のやる気をなえさせ、組織や患者たちへの影響も計り知れない。病院自体が安定経営を続けないと、いい医療の継続的な提供はできない。公立病院、不採算部門だから(赤字でも)いいという時代ではありません」
――赤字体質からの脱却に大切なことは。
「職員一人ひとりの意識改革でしょう。自分たちの病院、職場だという意識。それには徹底した情報公開と共通認識の共有が大きな柱です。職員にも変化が見られます。昨秋、初めて職員提案制度を導入しました。事務効率化や患者サービスの向上、増収増益策など400件近くが出て驚きました。最優秀は、2病院の薬剤購入を統一、発注方法などを変えて価格を抑えようというものです」
「昨年6月から医師や職員向けに手製の院内情報紙を発行しています。すでに65号を数え、月ごとの経営速報から院内行事の案内、寄付の使い道の募集、防犯情報まで直接関係のない部署でも共通認識に立ち、情報を共有しようとの試みです」
――管理者を置いた効果は。
「従来は、予算や人事の決裁権を市当局が握り、小回りがききにくい状態でした。私がフレキシブルに動き、すぐ実行できるようになったと感じます。野放図は論外ですが、そういう(市の一般会計とは別の)企業会計のだいご味や面白さを医師や職員にも感じてほしい」
――事務職出身の管理者として苦労はありませんか。
「全国の病院事業管理者のうち7割が医師、事務職出身は3割だそうです。市立病院は市当局、議会との交渉が多くなりがちで、医師の多くはそうした分野が不得意です。私がコーディネーターに徹し、院長や医師は医業に専念するなど互いの得意分野を持ち寄ればいいのです」
――いわき市では勤務医不足が叫ばれています。医師確保に向けて何か方策は。
「専門医を求める市民ニーズを背景に、診療科は細分化しています。現状では、医師に『もっと働け』とは言えません。私見ですが、各診療科の専門医が毎年、一定数生まれるような緩やかな統制的な仕組みを国がつくれないかと考えます。私たちとしては、今在籍する医師が辞めない、辞めさせない方法を考えるのが精いっぱいです」
「患者も大切ですが、働いている人たちの健康も大事。医師に辞められたら補充がきかない。今年1月から、臨時職員4人を医療クラーク(事務員)として雇いました。統計データの整理など医師でなくてもできる仕事を担い、医師の負担軽減が狙いです。好評のため、4月以降、増員する予定です」
――今春には、市の採用規定の枠組みを超えて、病院局独自に民間病院経験者2人を職員に採用しますね。
「事務職員が3年前後で交代する現体制では、専門性を持った職員は育ちにくい。しかも私を含め、院内で唯一、国家資格を持たない事務職が、予算や人事の実権を握っている。民間病院の経営や医療事務の手法、知識を分け与えてほしいのです。公立病院に民間の風を吹かせ、指導的な立場で病院全体を検証、監視するよう期待します」
――浜通り地区唯一の第三次救急医療を担う重要な立場もある半面、財政健全化法に
より財務体質の強化も急務です。来年度以降の戦略は。
「ギリギリの態勢で頑張っている医師や看護師、職員には感謝しています。将来は、より勤務の実態に見合った給与や手当などに見直したい。救急や大病の際にきちんと診療してもらえる体制を敷いてほしいというのが、市立病院に対する多くの市民感情だと思う」
「ただ、どれくらいの需要があるか分からない一部の高度医療のために、高価な機械や施設を整備し、スタッフを常駐させるのがいいのか。あるいは県立医大などと連携して、一定以上の医療は任せるのか。市立病院としてどこまでやるべきか、住民要望とのマッチングは大変難しい。公共性と収益性の均衡と並んで、永遠の課題です」
すずき・たかお:いわき市出身。磐城高、日本大法学部卒。1969年に県職員になり、税務課長、生活環境部次長、「ビッグパレットふくしま」館長、県立医大事務局長などを務めた。03年4月~昨年3月、県住宅供給公社理事長。昨年4月に「いわき市病院事業管理者」に就任。県内の市町村立の病院に管理者を置いたのは同市が初めて。任期は11年3月まで。同市平で単身赴任。
http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000120802250001
我々は福島大野病院事件で逮捕された産婦人科医師の無罪を信じ支援します
平成18年2月18日に大野病院事件で産婦人科医加藤医師が逮捕されて2年たちます。
医療の結果は不幸なものでしたが、医師の責任を問う問題ではないと考えています。
私は加藤医師の無罪を信じ、支援していきたいと思います。
なくなられた患者さんには、心より哀悼の意を捧げるとともに、この問題で福島県の産科医療がこれ以上縮小していかないことを願うものです。
この事件を契機として、今後の医療のあり方を社会全体で考えて行く必要があると思っています。
平成18年2月18日に大野病院事件で産婦人科医加藤医師が逮捕されて2年たちます。
医療の結果は不幸なものでしたが、医師の責任を問う問題ではないと考えています。
私は加藤医師の無罪を信じ、支援していきたいと思います。
なくなられた患者さんには、心より哀悼の意を捧げるとともに、この問題で福島県の産科医療がこれ以上縮小していかないことを願うものです。
この事件を契機として、今後の医療のあり方を社会全体で考えて行く必要があると思っています。




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